2025年4月26日(土)18:00より行われたショパン国際ピアノコンクール予備予選に、中川優芽花さんが登場しました。ドイツ育ちの若きピアニストで、ロンドンのパーセル音楽院を経て、現在はワイマールのフランツ・リスト音楽大学で研鑽を積んでおられます。

ゆうき
2021年クララ・ハスキル国際ピアノコンクール優勝という輝かしい経歴をもつ中川さんの演奏は、非常に温かく、音がきらめいており、深く心に残るものでした。
出演日時:2025年4月26日(土)18:00〜
演奏プログラム:
- ノクターン 第17番 ロ長調 Op.62-1
多声的な主題と繊細な変奏が交錯する、柔らかな響きに満ちた晩年のノクターン。 - エチュード ヘ長調 Op.10-8
軽快なパッセージと正確なコントロールが求められる、爽やかな技巧曲。 - エチュード 変イ長調 Op.10-10
重音と単音、異なるリズムの融合が求められる華やかな練習曲。 - マズルカ 嬰ハ短調 Op.30-4
苦悩と繊細な美しさが交錯し、暗い情感の中に希望の光が垣間見える一曲。 - スケルツォ 第3番 嬰ハ短調 Op.39
陰鬱な序奏と激しい第1主題、幻想的な第2主題が対照をなす劇的な名作。
中川さんの演奏を聴いての感想(曲目ごと)
ノクターン 第17番 ロ長調 Op.62-1
冒頭から慈しみを感じさせる演奏で、柔らかくも味わい深い音色が印象的でした。中川さんは音のフレーズごとに繊細な表情を与え、深く考えながら弾いていることが伝わってきます。中間部の明るい変イ長調の場面では、笑顔を見せます。そして徐々に影を帯びていく和声の変化を丁寧に描写。主題回帰でのトリルが優しく、まるで語りかけるような温もりのある響きで締めくくられました。
ノクターン 第17番 Op.62-1 ロ長調 ― 古典と新しさが交錯する繊細なノクターン
冒頭に置かれた第7音を含むⅡの和音が、やや意外な響きで静かに始まる。
作品全体は三部形式をとり、主題は多声的に作られ、一貫したモチーフ展開が特徴。
中間部では変イ長調に転じ、シンコペーションとトリルが織りなす柔らかな流れが現れる。
主題回帰ではトリルの中に旋律を織り込む高度な技巧が用いられている。
コーダでは夢のような音階とリズムのゆらぎに包まれ、静かに締めくくられる。
エチュード ヘ長調 Op.10-8
軽快で爽やかなこのエチュードでは、自然体で軽やかな入りでした。右手のアルペジオはクリアかつ優しい音色で、全体的に柔らかく繊細な印象でした。ミスタッチは一部あったものの、深い音楽性と音色のコントロールの確かさによって、音楽としての完成度は大変高いものでした。
エチュード Op.10-8 ヘ長調 ― 軽快なパッセージと煌びやかな終結
右手の滑らかな16分音符パッセージと、左手の躍動的なリズムが交錯する明快な作品。
三部形式を基本に、中間部では一時的にニ短調に転じ、緊張感を加える展開が見られる。
順次進行と跳躍を織り交ぜた音型は、スラーを意識した正確なコントロールが求められる。
コーダでは左右が対照的に展開しながら、最後は両手ユニゾンで華やかに締めくくられる。
軽やかさと確かな技巧を両立させる、ショパンらしい爽快なエチュードである。
エチュード 変イ長調 Op.10-10
華やかさの中にも中川さんの温かく細やかな音楽性が際立った一曲でした。音の一つひとつにしっかりと表情を込め、緻密な音楽構築が感じられました。聴いていて幸せを感じるような、やさしい響きに包まれるエチュードでした。
エチュード Op.10-10 変イ長調 ― 繊細な輝きと柔軟なコントロールを試す一曲
右手では6度の重音と単音が交互に現れ、上声と内声の流れを意識した表現が求められる。
左手は分散和音を滑らかに保ちつつ、legatissimoの指示に応じて柔軟な腕の使い方が必要。
2連音符と3連音符の組み合わせや跳躍の多い旋律が、軽やかな演奏感を生む。
中間部では転調が繰り返され、主題が再び華やかに戻ってくる構成となっている。
音色のコントロールとリズム感の両立が鍵で、ピアノ演奏の完成度が試される作品である。
マズルカ 嬰ハ短調 Op.30-4
苦悩の感情と繊細な美しさが交錯するこのマズルカにおいても、豊かな表情が全体に散りばめられていました。重く沈んだ序奏の後に表れる主題は、濃密で深みのある響きで表現され、中間部では晴れやかさが感動的に描かれました。舞曲的なリズム感も巧みに織り交ぜられ、最後の音の消え方まで細やかな配慮が感じられる完成度の高い演奏でした。
マズルカ Op.30-4 嬰ハ短調 ― 苦悩と繊細な美が交錯する名作
揺れ動く序奏から苦渋に満ちた主題へと展開し、長調の響きを拒むように進行する。
中間部前半も暗雲に包まれるが、後半では短調を振り払いロ長調に向かう転調が現れる。
しかし直前で序奏が再現し、再び嬰ハ短調の世界へと引き戻される。
和声は奇抜かつ濃密で、暗い感情の中にも繊細な美しい変奏が光る。
苦悩を乗り越えようとするかのような緊張と希望が交錯する、深い情感をたたえた一曲。
スケルツォ 第3番 嬰ハ短調 Op.39
劇的な構成と対照的な主題をもつこのスケルツォでは、冒頭から激しくも味わい深い音楽が展開されました。オクターブの迫力と和声の変化がしっかりと描かれ、第2主題では優しく温かい音色が広がりました。再現部ではさらに激しさを増し、音の力強さと構成美が際立ちます。コーダではまさに音の洪水のようなエネルギーに満ち、聴く者の心を圧倒しました。終演直後には思わず拍手を送ってしまうほどの感動的な演奏でした。
スケルツォ 第3番 Op.39 嬰ハ短調 ― 激しさと神秘が交錯する劇的な世界
陰鬱な序奏から始まり、オクターブで激しく奏される第1主題が登場する。
コラール風の問いかけに、高音で織りなす美しい下降分散和音が応える第2主題が印象的。
形式はソナタ形式に近く、提示部と再現部で異なる調を使う独自の工夫が施されている。
拍子感の曖昧さ、転調の巧みさが緊張感と幻想的な広がりを生み出す。
嵐のようなコーダを経て、輝かしい嬰ハ長調の和音で堂々と締めくくられる。
まとめ
中川優芽花さんの演奏は、音楽に対する深い洞察と繊細な表現力に満ちており、どの作品にも明確な意図と感情が込められていました。とりわけスケルツォ第3番では、壮大な構成をドラマチックに描ききり、聴く者を完全に音楽の世界へ引き込みました。本大会でもぜひ彼女の演奏を聴いてみたい、そう強く感じさせる素晴らしいステージでした。
本大会出場決定!
そして嬉しいことに、2025年5月6日、中川優芽花さんのショパン・コンクール本大会への出場が決定しました!
彼女の内面性あふれる美しい音楽を、10月のワルシャワ本選で再び聴けるのが楽しみです。今後の演奏にも大いに期待が高まります!
コメント