亀井聖矢さんが披露した超絶技巧のプログラム 〜エリザベート王妃国際音楽コンクール2025・第1次予選より〜
2025年5月、エリザベート王妃国際音楽コンクール(ピアノ部門)において、日本人6名全員が1次予選を通過する快挙が話題となりました。その中でも注目を集めたのが、亀井聖矢さんの登場です。

ゆうき
私もライブでその演奏を視聴し、妻と共に「これは通るでしょう」と思わず口にしたほどの完成度の高さに深く感動しました。本記事では、演奏された4曲それぞれについて、感じたことや印象をお伝えしていきます。
※この日予定されていたプログラムの中で、リゲティとアルカンの作品は選択されませんでした。
🎼 プログラム
- ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第13番 変ホ長調 Op.27-1《幻想風ソナタ》 第1楽章
- ショパン:練習曲 イ短調 Op.25-11「木枯らし」
- リスト:超絶技巧練習曲 第12番 変ロ短調「雪あらし」
- バラキレフ:東洋風幻想曲《イスラメイ》
1. ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第13番《幻想風ソナタ》 変ホ長調 Op.27-1 より 第1楽章
1801年に完成された本作は「幻想風ソナタ(Sonata quasi una Fantasia)」と副題がつけられており、従来のソナタ形式から逸脱した自由な構成が特徴です。
第1楽章はAndante – Allegro – Tempo Iという3つのテンポを持つ三部形式で書かれており、静かな序奏のあと、突如明るく舞曲風のアレグロが始まるという劇的な対比が魅力です。柔らかな和声に包まれたアンダンテの主題が再現されることで、幻想的で夢のような雰囲気が全体を包み込みます。
ソナタ第13番の第1楽章は、アンダンテからアレグロ、そしてテンポ・プリモへ戻る三部形式。亀井さんの演奏は、冒頭から非常に落ち着いた入りで、深い音色が印象的でした。
中間部のアレグロでは躍動感があり、特に左手のリズムの入り方が絶妙で、音楽的な呼吸がぴったりと合っていた印象です。再現部にかけては音の伸びも増し、聴く者を自然と作品の世界へと導く流れがありました。
2. ショパン:練習曲 イ短調 Op.25-11「木枯らし」
荒れ狂う冬の風を描いたかのようなアルペジオが全編を貫く、ショパンの練習曲の中でも特に人気の高い一曲。右手の大きな跳躍と流れるような分散和音が印象的で、叙情とダイナミズムが共存する作品です。高い技巧を要求される曲。
ショパンコンクール予備予選でも披露された「木枯らし」。今回もその延長線上にある解釈で、特に中間部の静かなパートでは、テンポを意図的に落とし、ダイナミズムを演出する表現がより自然で説得力を増していたように思います。
ミスタッチもほぼ皆無で、技巧的にも文句なしの完成度。思い切りの良さと確信に満ちた演奏は、「非の打ち所がない」と言っても過言ではありませんでした。
3. リスト:超絶技巧練習曲 第12番 変ロ短調《雪あらし》
細かなトレモロが全編を覆い、雪が舞い散るような幻想的な雰囲気を生み出す作品です。静かに始まった吹雪は徐々に音域と密度を増し、半音階の動きや跳躍で嵐の勢いが高まります。頂点ではオクターブとトレモロが交錯し、雪煙が渦を巻くような迫力に。終盤は音が薄れ、吹雪が遠ざかるように静かに消えていきます。技巧と詩情が共存する、リストの晩年を代表する練習曲です。
トレモロによる雪のざわめきが全体を包み込むこの作品。亀井さんはこの幻想的な世界観を、音響効果も含めて非常に立体的に構築していました。
音数が増える場面でこそ亀井さんの真価が発揮され、複雑な音の中から浮かび上がる旋律が胸を打ちました。盛り上がる箇所では鬼気迫るような表現力を見せ、ラストの静けさへ向かう流れには息を呑む緊張感もあり、まさに名演と呼べる出来でした。
4. バラキレフ:東洋風幻想曲《イスラメイ》
自由な三部形式(ABA)に基づく幻想曲で、カフカス地方の舞曲にインスパイアされた主題が全体を貫きます。冒頭のA部分は超高速の交差奏で始まり、強烈なリズムと跳躍で一気に聴衆を惹きつけます。B部分ではニ長調に転じ、右手の広いアルペジオと左手のオクターブにより、幻想的なオリエンタル世界が広がります。終盤のA’とコーダでは技巧がさらに激化し、火花を散らすように終結。まさにロシア的オリエンタリズムと超絶技巧が融合した名作です。
ロシア五人組の一人バラキレフによる、かつて“世界で最も難しいピアノ曲”と評された作品。カフカス地方の民族舞曲をもとにした強烈なリズムと、大胆な跳躍・高速パッセージが連続する超絶技巧曲です。
超絶技巧の代名詞ともいえるこの作品を、亀井さんは「勝負曲」として多くの舞台で演奏しています。自由な三部形式の中に幻想的なオリエンタリズムと激烈な技巧が詰め込まれた一曲。
特に終盤のコーダでは、跳躍の難所を正確かつダイナミックに弾き切り、聴衆を圧倒。終わった瞬間、私も「ブラボー!」と声を上げました。
亀井さんの持ち味である情緒表現と、世界屈指の技巧が融合した圧巻のフィナーレでした。
🎉 まとめ
エリザベート王妃国際コンクールという大舞台で、これだけ多彩で難度の高いプログラムを堂々と弾き切った亀井聖矢さん。特にラストの《イスラメイ》が終わった直後には、ベルギーの聴衆から多くの歓声が上がり、その素晴らしい演奏を称える様子が印象的でした。
音楽がしっかりと会場全体に届いていたことの証でもあり、彼の表現力と技巧が高く評価されているのを感じました。セミファイナル以降のステージにも大きな期待が寄せられます。今後の演奏にも注目しつつ、日本から心より応援しています!
コメント